誰の中にも「見かねて引き取る私」がいる。同じ質問を何度もされる訳

同じ質問も3度目になると、もういい加減、頭にくる。
怒りたくないのに、吐く息だけが先に長くなっていく。
この記事では、怒りをのみ込む前にできる、小さな見直しをお話しします。
職場の決まり事と仕事の手順を、同僚に教えていたときのことです。
「ノートを見ながらやってください」と何度伝えても、返ってくるのは「もう覚えたので」。
間違いを指摘すると「あ……」と黙ってしまいます。
その「あ……」を聞くたびに、奥歯にぐっと力が入ります。
何度も説明したのに、という気持ちと、責めたくない気持ちが、胸の中でぶつかります。
わからないなら、聞いてくれたらいいのに。
そう思いながら、何度も同じ質問をしてくることを煩わしく思っている。
矛盾している自分に気づきます。
気づくと私は、見かねて自分の手でやり直しているのです。
やり直したあとに残るのは、片づいた安心と、また同じ質問が来そうな予感です。
引き取るのは、早く終わらせたいから。
相手を困らせたくないから。
そんな優しさから動く手だからこそ、自分では気づきにくいのです。
イライラの出どころは、相手ではなく、この「私の手」にあったのかもしれません。
見かねて引き取る手は、きっと誰の中にもあります。
代わりにやってくれる人がいる限り、
覚えません。
覚えられないのではなく、
覚える必要がないのです。
自転車の荷台を、後ろから支え続けているあいだ、乗っている人はバランスを覚えません。
手を離して、ふらつきながら進んだときに、はじめて体が覚えていきます。
ふらつく姿を見るのは、こちらもひやひやします。
だから手が出てしまうのです。
では、手を離したあと、私は何をするのか。
待ちます。
次に無言で引き取りたくなったら、ひと呼吸おきます。
そして説明のあとに「いまの手順を、自分の言葉で話してみてもらえますか」とお願いしてみる。
大事なのは、聞いたあとです。
想定と違う答えが返ってきたとき、すぐ「そうじゃなくて」と重ねてしまうと、確認は問い詰めに変わります。
質問の中身は同じでも、待たずに畳みかけた瞬間、相手には「責められた」と届きます。
だから、じっと待つ。
口をはさまず、言葉が出てくるのを待つ。
手は膝の上で、ぎゅっと握りしめたくなるのをこらえます。
これは、思った以上に忍耐のいる態度です。
沈黙の数秒が、やけに長く感じます。
それでも待てるのは、何度も質問してくる相手が、どんな人かを思い浮かべるからです。
物静かで、あまり言葉を発しない人なら。
3度目の「あの……」は、意を決して、あなたの席まで来た一歩なのかもしれません。
もちろん、一向に仕事を覚える様子がなく、非協力で自己中心的な人なら、別の向き合い方が必要です。
でも、そうでないなら。
聞きに来てくれたこと自体が、覚えようとしている印です。
待つとは、何もしないことではありません。
相手の言葉を信じて、手を離すことです。
ふらつくのを待つのも、教える仕事のうちです。
相手を直す前に、自分の手の位置を見直してみる。
そこから始めてみませんか。
自分の手の位置に気づいたあなたへ。次は、教えているうちに自分の仕事が進まない日を、上司にどう伝えたらいいのか、見てみませんか。