引き算したつもりが、巨大な足し算を生む瞬間

なぜ“引き算”が“足し算”へ化けるのか──議事録混乱事件から読み解く

「たった1行、削っただけなのに……こんなに大事になるとは思わなかった。」

そうため息まじりに話してくださったのは、ある生徒さんでした。
会議後に作成した議事録。その日は時間がなく、毎回入れている“背景説明”の段落を省いたそうです。

「長くなるから、これくらい削っても大丈夫だろう」
「みんな、話の流れを覚えているはず」

そんな気持ちで削った一文。

けれど翌日——
営業チームと企画チームから、まったく正反対の問い合わせが届きました。

「今回は“方向性が決まった”という理解で進めます」
「いや、まだ決まっていないという話では?」

同じ議事録から、真逆の解釈が生まれてしまったのです。

ここから見えるのは、
引き算では“内容”よりも“位置”が重要である
ということ。

削ったつもりの1行が、未来にどれほどの影響を与えるのか——。

背景説明を削ると、情報は“真逆の解釈”に分裂する

背景説明の何がそんなに大事なのか。
これを理解するには、情報が人に届くときの“構造”を見る必要があります。

人は、情報そのものではなく、
「何の前提で語られているか」
を手がかりにして読み取ります。

背景説明には、たとえばこんな役割があります。

  • この会議の目的は何か
  • 何を確定したくて議論しているのか
  • どの段階の話をしているのか
  • どこまでが決定事項で、どこからが検討領域か

これが1つ抜けるだけで、読み手は“自分の都合の良い前提”で解釈し始めます。

営業は「すばやく進めたい」という意図から読み、
企画は「慎重に精査したい」という視点から読む。

結果、同じ文章なのに別々の世界線が立ち上がるわけです。

削った本人には「ただの説明」に見えても、
読み手にとっては認識をそろえるための“地図”だった。

ここが、引き算の落とし穴です。

実務で起きやすい3つの誤削除:確認・共有・軌道修正

実務で起きやすい3つの誤削除:確認・共有・軌道修正

実務の現場で、優しい人ほど削りがちな箇所があります。
それが、次の3つです。

確認

「忙しそうだし、もう聞かなくていいか」
「たぶん分かっているはず」
と判断し、確認を削るケース。

確認の削除は、
“理解のズレ”という見えない爆弾
を未来に残します。

共有

「こんな小さな変更、わざわざ言わなくてもいいよね」
という遠慮から、共有を削るケース。

小さな変更ほど“気づかれにくい”ため、
後工程で大きな手戻りにつながることも。

③軌道修正

「もう遅いし、今日はそのまま進めてしまおう」
と判断し、途中での修正を削るケース。

軌道修正は、工程全体を守るための“急ブレーキ”の役割。
ここを削ると、誤差が誤差のまま増殖していきます。


この3つに共通するのは、
削った瞬間はラクに見えるが、未来に“大きな負担”を生む
ということです。

あなたも心当たりがあるのではないでしょうか。

削ったつもりの1行が、後工程に“雪だるま式の手間”を生む構造

では、なぜ1行の削除がここまで影響するのか。

その裏側には、
「情報は前提を失うと不安定になる」という構造
があります。

1行削ると。。。

→ 読み手ごとに解釈が変わる
→ 必要な判断がズレはじめる
→ 別の人の工程に影響が出る
→ 手戻り・確認・再調整が増える
→ 最終工程で“答え合わせ”が必要になる

この流れは、まるで雪だるまのよう。
最初のころりとした小さな球が、転がるほどに大きくなっていきます。

削った側は「これくらい大丈夫だろう」と思っても、
受け取る側は“地面の傾き”がまったく違う場所に立っているのです。

つまり、
前提を共有しない限り、情報は安定的に伝わらない
ということ。

“背景説明1行”の価値は、
その情報自体よりも、
「ズレを防ぐ安全柵」としての役割にあります。

正しい引き算の条件:負担を減らしつつ、認識のズレを残さない

では、どうすれば引き算が正しく機能するのでしょうか。

正しい引き算とは、
「減らしても品質が落ちない部分だけを選ぶ」
ことです。

そのためには次の3つの視点が役立ちます。

同じ説明を三度書いている、
似た資料が複数存在している、
確認の相手が二重になっている——
そういう場所は減らしても問題ありません。

議事録の背景、目的、前提、決定事項の明確化は、
全員の“座標軸”をそろえるために不可欠。

これを削ると、あとで必ずどこかで失敗します。

メモ、共有、確認、整理。
どれも今すぐの利益にはつながりませんが、
未来の手戻りを確実に減らしてくれます。

引き算で一番大切なのは、
未来のあなたの負担を減らす視点です。

引き算とは、未来のトラブルを減らす“工程デザイン”である

引き算は「やらないことを決める行為」ではありません。
本質は、
“どこを残し、どこを削ると、未来がスムーズに進むか”を設計すること。

議事録の背景説明は、
ただの文章ではなく
「認識のズレを防ぐ装置」でした。

引き算に失敗すると、
その装置を外してしまい、
トラブルが静かに育ってしまいます。

逆に、
引き算の“省きどころ”を正しく見極められるようになると、
あなたの仕事は驚くほど軽くなります。

小さな1行。
けれど、その1行が未来の工程を大きく左右します。

今日の仕事で「これは削って大丈夫?」と迷ったら、
どうか一度だけ立ち止まってみてください。
未来のあなたが助かる選択かどうか——それが正しい引き算の基準になります。

実務の“誤削除”の裏には、多くの場合「感情の誤作動」があります。
なぜ、私たちは削ってはいけないところを削ってしまうのか——
その背景にある“こころのスイッチ”を、もう少し丁寧にほどいていきます。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です