ちゃんとしてきた人ほど、足しすぎてしまう
——「削った」ことに意味がある
こんにちは。
頑張りすぎてしまう人の味方
福原めぐみです。

「今日はここまででいいはずなのに」
そう思いながら、なぜか、もう一つだけ仕事を足してしまうこと、ありませんか。
メールをもう一度確認して、
明日の準備を少しだけして、と手を動かしているうちに
誰かに声を掛けられたりして、
結局、帰るタイミングを逃してしまう。

最近、公式サイトのリニューアル作業をしていて、私も二の轍を踏む場面がありました。
見栄え良く整えようと思えば、
いくらでも足せる。
説明も、実績も、想いも、全部。
「ここまで書かないと、伝わらないかもしれない」
「ちゃんとしている人に見えないかもしれない」
そんな考えが、 自然と頭に浮かびます。
でも今回は、
足すことより、削ることを選びました。
それは、
逃げたかったからではありません。
楽をしたかったわけでも、軽く見せたかったわけでもありません。
完成させるために、選んだ引き算でした。

がんばりすぎる人ほど、
自分に条件を課してきます。
ここまでやって、やっと合格。
これくらい背負って、やっと安心。
期待に応え続けている私は、ちゃんとしている。
そうやって条件を重ねていると、
仕事が終わっても、心が終わらなくなります。

私の場合、公式サイト・リニューアル作業で外したのは、
「キレイで見やすい完成されたサイトでなければ」という前提でした。
全部を盛り込まなくても、
途中経過も見てもらおう。
お待たせしてしまう方がイヤだから。
その感覚を、優先しました。
自分に課してきた条件を、外すこと。
それだけで、帰り際の空気は、確実に変わります。

ー帰り際メモー
「ここまでやらなきゃ」を削ると、
「今日はここまで」が言える。
引き算は、帰る力。
